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2021年 7月 25日 まず終わりを考える

今から約500年前、レオナルド・ダ・ヴィンチが以下の言葉を残しています。
「十分に終わりのことを考えよ。まず最初に終わりを考慮せよ。」

 

これは若い人に向けた言葉です。
あなたは自分の最期の時を想像したことはありますか。
死の間際、自らの生涯を振り返るとき、意味のある人生だったと思いたい。
誰もがそう願うはずです。

 

しかし(私を含め)若者は自分の最期の時など、遙か先のことだと思い込んでいるから、めったに想像をしない。というかしたくない。

 

ダ・ヴィンチは若者に忠告をしてくれているのです。
理想的な最期を十分にイメージし、それを成し遂げることができるように、毎日を大切に過ごさなければならない。そうすれば、「最期にこう在りたいから、今○○を為さなければならない」と考えることができ、決して無為に日々を過ごすことはなくなる。

 

冒頭の言葉は、人生論として語られたはずですが、生活の中のあらゆる場面に当てはめることもできます。80年の人生の終わりを考えることをできれば、一日の終わりを考えることは尚たやすいはず。

 

今日一日が終わるとき、何を思って眠りにつきたいか考えましょう。
私は、できる限りの努力ができたと思って眠りたいです。
どうすればそう思えるか。また考える。

 

日々の活動は、
社会的、立場的に義務としてやる活動
自分の成長のためにやる自由な活動
の2つに分けられる。
活動は仕事、勉強、家事、趣味、娯楽などに置き換えられます。

 

次にそれぞれの活動に優先順位を与え、覚醒している時間内に終わらせることができるように予定を設計する。そしてこのとき、前日よりもわずかに多くノルマを課すことが肝要です。この前日とのわずかな差こそが、後々の成長として現れるから。
そしてその計画を達成できたとき、その日できる限りの努力ができたと満足して、眠りにつくことができるのだと思います。

 

十分に終わりのことを考える
一日の終わり
夏休みの終わり
そして人生の終わり
それぞれの終わりを考えることで、今日の背筋が伸びるのです。

 

さて、〈物事の終わりを考えて生きなさい〉という教えはたくさんあります。
本日は最後にその中から、趙炳華という韓国の詩人の詩を紹介します。
「別れる練習をしながら」(茨木のりこ訳)という詩です。

 

別れる練習をしながら 生きよう
立ち去る練習をしながら 生きよう

たがいに時間切れになるだろうから
しかしそれが人生
この世に来て知らなくちゃならないのは
〈立ち去ること〉なんだ

なんともはやのうすら寒い闘争であったし
おのずからなる寂しい唄であったけれど

別離の段取りを習いつつ 生きよう
さようならの方法を学びつつ 生きよう
惜別の言葉を探りつつ 生きよう

人生は 人間たちの古巣
ああ われら たがいに最後に交わす
言葉を準備しつつ 生きよう

 

友人も先生も親も、いつの日かは別れるときが来ます。そのときに交わす言葉をどのようなものにしたいか、考えてみることで日々の接し方は変わるはずです。
人だけでなく、あらゆる環境や仕事にも、いつの日か別れる日が来ます。そのとき、自分がどのような言葉を持って有終の美を飾りたいか、考えることで日々の態度は変わるはずです。

さあ、夏休みです。
831日を迎えたとき、自分がどのような言葉でこの夏休みを語りたいのか。
夏休みの終わりを十分に考え、日々の行動に移してみませんか?

担任助手5年 青島健人