数学を勉強する意味 | 東進ハイスクール吉祥寺校|東京都

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2017年 12月 3日 数学を勉強する意味

数学ってなんで勉強するんだろう??

 

みなさん、一度はそういうことを考えたことありませんか?

 

高校レベルの数学は中学の数学とはくらべものにならないほど難しくなります。

本当に習う必要あるのかな?

と思いたくなるぐらいの難しさです。

 

確かに実生活なら、小中学レベルの数学(算数)ができれば問題なし。

買い物や料理の分量であれば足し算や掛け算でも十分です。

 

 

しかし、数学は理系であれば必須科目、文系でも国立や一部私立では数学が必要とされます。

大学入試においての数学はもはや英語に次ぐレベルで必要とされる科目と言っても過言ではないでしょう。

 

なぜなのか

 

もちろん、大学以降になって数学を使うから。

これが一番の理由です。

 

しかし他にも数学を学ぶことに意味があります。

数学は

「論理的思考力」

を鍛えられます。

 

論理的思考力とは、論理的に思考する力。そのままですね。

では論理的ってどういうことでしょうか?

国語辞典で調べてみると、「きちんと筋道を立てて考えるさま」と書いてあります。

つまりどういうことなのって人は以下の例を見て、論理的とは何かを直観的に理解しましょう。

 

例)以下の文から男の心情を述べよ

 

「男の顔が赤くなり、大声をあげた。」

さて、この文を見たときにあなたにはどんな絵が浮かんだでしょうか?

男は怒っている??恥ずかしがっている??

この文だけでは曖昧で答えられませんね。

では次の文ではどうでしょうか? 

 

「男の持っている花瓶を割ってしまったので、男の顔が赤くなり、大声をあげた。」

この場合はある程度予測できますよね?

もちろん、男は怒っています。

 

このように文脈などから、根拠を見つけ分析、道筋を立て、最終的な結論へ至る。

これが論理的ということです。

 

数学の場合は、「問題文に出ている仮定、前提」を見て分析、状況を把握をし、「定義(公式・公理)」などを用い道筋を立て、最終的な答えに至ります。

これが数学における解法の基本であり、論理的思考そのものです。

数学の世界は定義(公式・公理)以外の知識がいらないという部分が他と科目と異なっており、論理でできている世界なのです。

 

先ほどの例で挙げた男の場合、「自分のものが壊されたら、怒りたくもなるだろう」という一般常識によって「男の持っている花瓶を割ってしまったので、男の顔が赤くなり、大声をあげた。」を怒ったという解釈ができましたが、数学ではそうはいきません。

数学は定義といういわばルールを最初に設定することによって、それだけで最終的な結論・答えまでもっていけるのです。逆にそれ以外の部分がかかわる要素が関わることは基本ありえません。それゆえに数学が美しいという人もいます。

 

つまり数学の実力があるということは、論理的思考力がある事とほぼ同じなのです。

ただ気を付けてほしいのは数学の実力があるというのは数学のテストで点が高いということではありません。

数学の点数が高い人にはいくつかパターンがありまして、「論理的思考力がある人」「解答方法を覚えている人」の2パターンがあります。

前者であれば問題ありませんが、後者の場合は問題を見た瞬間になぜそのプロセスで解けるのかを考える過程を飛ばして解答しているので論理的思考力があるとは言えません。

もし心当たりがある人がいましたら、なぜその問題に対してその解答法が有効であるかをしっかり考えてみましょう!

 

 

論理的思考力は文系であろうが理系であろうが、必ず身に着けておいたほうがいいものです。

意思決定、プレゼンテーション、会議、セールス、書類・レポート作成などなど

これらのことは論理的思考力がなければまともにできません。

 

理系の人たちは、数学などの理系科目は解法のプロセスをそのまま暗記するのでなく、どういう前提、仮定があり、それに対してどういう定義(公式・定理)を使い、なぜ答えまで辿りつけたのかというプロセスをしっかり理解するようにしましょう。

 

文系の人で数学を使わない、という人は現代文の問題を解いて論理的思考力を身につけましょう。

大学入試における現代文も数学ほどではないですが、論理的思考力が鍛えられます。

一般的な文学などであれば、「解釈は読者次第」みたいな読み方もありますが、入試ではそこを採点する事ができません。

大学入試は入学する人を決める大事なイベントである以上、「解釈が分かれてしまう」ような評価できないようなもので勝敗を決めることはまずありえないのです。

やったとしても価値観などで点数の差が出てきて不公平になってしまいます。

逆に言えばその人の人間性を評価するAO試験や医学部ではむしろ「解釈が分かれてしまう」ような文章を出すことはありますが。。。

しかし一般の国語試験ではまずありえません!

なので出題者側は、物語の心情や論説文の結論などを聞きたいとき、本文に必ず根拠となる文章があることを確認して出題をしているはずです。

現代文で答えを決めるときは、「なんとなくではなく」しっかりその根拠を本文から探し出してみましょう。

 

西