担任助手のすべて 國枝健 | 東進ハイスクール吉祥寺校|東京都

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2020年 3月 26日 担任助手のすべて 國枝健

僕は小学生の時、読書が好きだったが、

中学・高校になると 本を読む機会がめっきりと減った。

 

1年前、受験が終わり、暇を持て余していたので

数冊、小説を読んだ。

 

吉本ばなな の『キッチン』を読んで

何か強く印象に残った場面があったことは覚えているのだが、

 

どうにも僕は

小説の内容を記憶にとどめておくことが苦手なようで、

 

一年ぶりに、パラパラとページをめくってみた。

 

「幸福とは、自分が実はひとりだということを、なるべく感じなくていい人生だ。」

(吉本ばなな『キッチン』、新潮文庫)

 

(この後の一連の文章がとても好きなのですが、あまり長くは引用できないので、一文だけにしておきます。)

 

孤独を感じることは人生の中で幾度かあった。

が、受験生の夏は本当にしんどかった。

 

いつになったら、この終わりの見えない苦痛の日々が終わるのだろう、、、

自分だけが落ちて、周りのみんなには、忘れ去られるのだろう、、、

 

誰かに泣きすがっても、合格は手に入らないし

誰かの合格を心の底から願っても、結果を変えることはできない。

 

普段の生活の中では、忘れられているだけで、

人は、みな、ひとりである。と、

強く、感じた。

 

話は変わって、、、

僕はアニメの 『逆境無頼カイジ』 が好きで何度も見返しているが、

特に「鉄骨渡り」というギャンブルが好きだ。

超高層のビルとビルの間にかけれられた鉄骨を命綱無しで渡りきるという

至ってシンプルなゲームなのだが、

このゲームは作者の人生観が、ことに、強く、投影されている。

 

誰もがそれぞれの一本道を歩んでいるが、

誰も互いに助け合うことはできない。

誰もが、孤独ゆえに、他者と心を通わせたいと願うが、

誰も完全には他者を理解することはできない。

 

それでも人は人に理解と愛情を求め

「通信」を試み続ける。

 

極限の心理状態の中で、

主人公のカイジとサハラは

互いの名前を呼び合い、

互いの存在を確認し合う。

 

この「通信」がいかにか細くて、

しかし、いかに心強いのか。

 

僕は1年前、担任助手になる決断をした。

 

あの夏の、

永遠に続くかのように思われた、

地獄のようにモノトナスな日々のなかで、

僕が努力を続けることができたのは、

間違いなく、担任助手の存在のおかげだった。

 

朝早くに、受付で、

「おはよう!今日も早くて凄い!頑張ってね!」

と笑顔で話しかけてくれる担任助手がいた。

 

孤独と不安に押しつぶされそうな時、

僕が全てを吐き出すまで、ずっと話を聞いてくれる担任助手がいた。

 

帰り際に、わざわざ僕を名前で呼び止めて、「さよなら」

と言ってくれる担任助手がいた。

 

そんな、担任助手になりたくて、

そんな素敵な仕事がしたくて、

この仕事を選んだ。

 

この一年間、僕はここで何をする事ができたのだろうか。

描いていた理想の担任助手にはなれなかった。

生徒を勇気づける事ができたかどうかも分からない。

生徒の受験の前には、自分の無力さをただ痛感した。

 

むしろ、感謝すべきは僕の方だろう。

生徒にかける言葉は常に自分に跳ね返ってくる。

 

果たして、自分は生徒ほど何かに本気で取り組めているのか。

日々を漫然と過ごしてはいないか。

自分の信念を貫けているか。

 

勉強については一切教えてもらった事がない人に

大変な恩義を感じたり、

勉強に一生懸命に取り組む姿勢が

勉強とは全く関係ない場所で、誰かの背中を押す。

 

この場所は

「塾」というカテゴリーには収まりきらない

何か、些細で、しかし、力強く、

そして素敵な力に満ちている

と僕は思う。

 

これからもずっと

そんな素敵な場所であり続けて欲しいと思う。